遠藤航が世界トップクラスのボランチへの道を駆け上がる
マンチェスター・シティ戦での遠藤の全出場は彼の能力を如実に示した。彼が周囲と協調し、支配的な相手を封じ込めた後半のプレーは見事だった。
3月10日のプレミアリーグではリバプール対マンチェスター・シティの興奮する首位攻防戦がここアンフィールドで開催された。遠藤航は全90分間ピッチに立ち、攻守に渡ってインパクトのあるパフォーマンスを披露し、世界中の注目を集め続けている。
遠藤航、デ・ブライネを抑え込み、絶対的なステージで光を放つ
「これがたまらなくイラつく理由だ!」
さて、今回のリバプール対マンチェスター・シティ戦の取材申請が却下されたが、それは仕方のないことだ。この試合はイングランド国内は言うまでもなく、全世界が注目する高観客試合だ。しかしながら、ユルゲン・クロップ監督の引退発表以降、リバプール戦の報道関係者許可証を手に入れるのは一層困難になっている。
現地で観戦できない以上、テレビの生中継で観るほか選択肢はない。それは3年間で51億ポンド、すなわち約9843億円もの放映権料をプレミアリーグに支払い、放映しているスカイ・スポーツに限られるだろう。
試合開始1時間前、現地で配布されるチームシートを元に、放送が始まった解説陣を見て不愉快な気持ちになった。なぜなら、ロイ・キーンとマイカ・リチャーズ、この2人は個性的な解説者であり、その相手としてダニエル・スタリッジが唯一の対抗馬としているのはなぜだろうか?彼らのコンボに肩を並べるのは無理がある。
思い遣りのない2人が、サラーを含むリバプールのレギュラーメンバーの大半を欠いた先発メンバーに対して、落胆させられるようなコメントを発した。それを要約すると、経験不足の選手たちにこのビッグゲームを託すのは無謀だというわけだ。
そんな事実はすでに知っている。確かに、近頃は質の高いプレーを見せるにも関わらず、エリオットの右サイドでのプレーは、マンチェスター・シティとの強烈な試合で活躍を見せたサラーと比べると頼りなく見える。アリソンに代わって出場するケレハー、アレクサンダー=アーノルドの代役のブラッドリー、そしてコナテの穴を埋めるクアンサーや、センターバック出身のゴメスが左サイドバックで起用されていた。
さらにキーンは、遠藤航を中心としたソボスライ、マック・アリスターの中盤トリオにも「お互いへの慣れ」が欠けているとして不安を表明していた。
一方のマンチェスター・シティは最高のメンバーを揃えており、調子を上げるデ・ブライネ、ハーランド、そしてフォーデンの存在感は圧倒的だった。調子の良いドクでさえベンチスタートだ。
「このゲームはリバプールにとって大きな挑戦だ。シティはその優位さを結果に表すだろう」
そのようにマンチェスター・シティの勝利を予想するキーンの姿勢は慢心に満ちていた。
リバプールに厳しいアンチが多くを占める
スタリッジとリチャーズ(右)を擁する一方で、リバプールへの過酷な批評で名を馳せるキーン(左)。リバプールに対する彼の辛辣な評価が解説陣中で目立っていた。
話は少し横道に逸れるが、この試合の解説はキーンとリチャーズが明らかなマンチェスター・C擁護派。なぜ元マンチェスター・U主将のキーンが同都市の宿敵シティの肩を持つのかと思う読者もいらっしゃると思うが、キーンにとっては、リバプールと比べて、まだマンチェスター・Cに優勝してもらった方がマシなのだ。不等式なら“嫌い”という基準で絶対的にリバプール>マンチェスター・Cとなる。
試合前の解説中、キーンの表情には愉悦さえ見えた――と言ったら言い過ぎか。しかしリバプールの経験不足が明らかな4バックについて語っていた時には微かな笑みが浮かび、きっとこの時キーンの頭の中にはハーランド、デ・ブライネ、フォーデンらが自由自在にリバプールの最終ラインを切り裂くシーンが浮かび上がっていたのではないかと訝ってしまった。
リチャーズの場合は、近年のライバル関係はさておき、もともとリバプールとマンチェスター・Cの間にお互いを嫌悪するような歴史はなく、またシティOBがあからさまに優位を語るのはリバプールに対する敬意に欠けるというまともな意識もあったのか、キーンほど露骨にアンフィールドで戦うレッズを軽視することはなかった。しかし、それでも申し訳なさそうな表情で「シティが勝つと思う」と話し、古巣の勝利を予言した。
この2人の発言がマンチェスター・C寄りなのは仕方がない。不公平なのは、ここでキーンとリチャーズにきちんと対抗できるリバプールOBの論客を揃えなかったスカイ・スポーツのキャスティングだ。
せめてリバプールのレジェンド選手で監督も務めたグレアム・スーネスをここに加えてほしかった。ところがアンフィールドのスタジオにいたリバプールOBはスタリッジだけ。2013-14シーズンにルイス・スアレスとの2トップでリーグ戦21ゴールを記録したが、クロップ政権では運動量が足りず、ウェストブロムウィッチへのレンタル移籍を経て2019年夏にトルコへ渡ったストライカーは、キーンとリチャーズに挟まれてしゃべりの運動量も足りず、「この先発には僕も不安を感じるが、アンフィールドの雰囲気がプラスに働いてほしい」と語ったのみ。せめて本拠地のすさまじい雰囲気を主張するなら、エースのサラーとロベルト・フィルミーノを欠きながらバルセロナに4-0勝利を飾って大逆転で決勝進出を決めた、2019年5月7日の欧州チャンピオンズリーグ準決勝・第2レグの話くらい持ち出してほしかった。
しかしここまで明確にリバプールにネガティブな解説陣となったのも、全国的にはアンチ・リバプールが多数派である証拠なのかとも思った。スカイ・スポーツの制作サイドにリバプール嫌いが揃っている可能性もある。これはリバプール・ファンの間では非常に不評だが、リバプールのビッグマッチの解説はこれまたアンチで有名な、キーンの後のマンチェスター・U主将だったギャリー・ネヴィルが担当することが多い。こうした人事を見ても、リバプール人“スカウス”(地元名物のごった煮のようなシチューに由来するリバプール人の愛称)はイングランドの鬼っ子なのだな、としみじみ思う。
また決戦の3日前、「両クラブの財政面を考えれば、僕らのトロフィーはより大きな意味を持つ」というアレクサンダー=アーノルドの発言が流れて、問題視された。英メディアは挑発と受け取り、ハーランドにこの発言について感想を求め、「彼には三冠達成の気持ちは分からないだろう」というコメントを引き出すと、今季最大の天王山直前の雰囲気をさらにあおった。
しかし正直なところ、ひざの故障で戦線離脱中の生え抜き選手の発言を「そう思っているのは君がスカウスだからじゃないか」という感じにして、悪者扱いにしている印象が強く、これもアレクサンダー=アーノルドの感情的で身内の結束が高いスカウスである独善的な意見という見方がイングランド全体で暗黙のうちに支持されてしまったような気がした。
ヒルズブラの悲劇(1989年4月15日、シェフィールドのヒルズブラ・スタジアムで起きた凄惨な群衆事故)でさえ、この国は最初、スカウスが鬼っ子であるのをいいことに、リバプール・ファンのせいにしようとした。一方、愛国心が強いこの国で、国歌にブーイングするのはスカウスだけだ。
けれどもこのスカウスの排他的でさえある結束力がリバプールというチームに特別な力を与える源でもある。結果的に試合は1-1ドローで終わったが、対戦相手にとっては魔物としか言いようのないアンフィールド独特の激しい高揚と信心と愛に支えられた声援に後押しされ、特に後半、クロップ監督が「あれほどシティが苦しんでいるところは見たことがない」と語ったほど、リバプールがマンチェスター・Cを圧倒するパフォーマンスを見せた。
遠藤とマック・アリスターのダブルボランチを敵将ペップも称賛
遠藤との実質的なダブルボランチとして機能し、攻守両面で存在感を示したマック・アリスター(右)。後半5分には同点に持ち込むPKを冷静に決めた
試合開始直後はリズムが噛み合わず、マンチェスター・Cにボールを支配され、チャンスを作られたが、徐々にテンポが上がり、リバプールらしい攻撃を見せ始めた。
いかにも練習していましたという感じで、前半23分にデ・ブライネのコーナーキックを起点にして、ニアに飛び込んだ元エヴァートン選手のジョン・ストーンズが右足で押し込み、マンチェスター・Cが先制点を奪った。しかし主将のフィルジル・ファン・ダイクが試合後、「前半の半ば過ぎくらいから、試合を楽しめるようになった」と話したように、先制点を奪われたことで逆に開き直ったのか、この後はリバプールがのしかかるように優勢になった。
愉快だったのは、試合前にキーンとリチャーズが揃って「不安だ」と言った若手選手が全く怖気付いたところを見せず、エネルギー満点のパフォーマンスを見せたこと。そして「たった4回しかプレーしていない中盤」と言われたリバプールのMF3人が素晴らしい連係を見せたことだった。
特に、この試合の後半にダブルボランチ気味にプレーした遠藤とマック・アリスターの2人が際立って良かった。驚いたのは敵将のペップ・グアルディオラがこの2人を名指しで褒めたことだった。
「相手には遠藤、そしてマック・アリスターというボールを失うことなくクオリティの高いパスを供給する選手が2人いて、以前よりトランゼッション(攻守の切り替え)が早くなり、よりダイレクトな攻めをしてくるようになっていた」
その通り。さすがペップ、分かっている。前節のノッティンガム・フォレスト戦でも遠藤、マック・アリスターのダブルボランチが良かったと記したが、今季リバプールに加入した2人のMFは、マック・アリスターがNO.6を務めることで守りの幅を広げ、遠藤はこのアグレッシブなチームに移籍してきたことで攻めの幅を広げた。
そしてその2人が中盤でタッグを組むことで、異様に守備範囲が広く、しかも攻撃の起点となる危険なダブルボランチが誕生したのである。
後半、韋駄天のダルウィン・ヌニェスが敵センターバックのナタン・アケの中途半端なバックパスに襲いかかるように飛び出し、GKエデルソンの反則を誘ってPKを奪い同点に追いついてからは、完全にリバプール優勢の試合になった。
その中心にいたのが、遠藤とマック・アリスターだった。2人がマンチェスター・Cの攻撃陣を止め、ボール奪い、そこからすかさず反撃のパスを繰り出した。
遠藤は現在プレミアで随一のボランチと評されるスペイン代表ロドリと五分以上に渡り合った。そして試合後に論議の的にもなった後半24分でのデ・ブライネの交代も、いわば遠藤とマック・アリスターの壁を破れなかったことが原因だった。
さらに遠藤と最終ラインの守りの連係も素晴らしかった。「ワタルと一緒に守りをオーガナイズした」とファン・ダイクが語ったことでも、日本代表主将の重要性が伝わってきた。
遠藤はいったいどこまで上り詰めるのか
遠藤は世界中が注視するビッグマッチで自身の実力を見せつけた。30歳を過ぎても進化が止まらないMFは、いまや世界トップクラスのNO.6と言っていい
リバプールがマンチェスター・Cを凌駕したことは、後半の試合データを見れば一目瞭然だ。マンチェスター・Cを相手に53%のポゼッションを記録したことも異例なら、シュート数はリバプールの12対3、ペナルティエリア内でのタッチ数がリバプールの21対8。さらにクロスの供給数もホームチームが19対3と完全に圧倒した。
こうなると、試合前にマンチェスター・Cの優勢を予言したキーンも「特に後半、リバプールのパフォーマンスが良かった」と話すしかなかった。ただし「ディアスのミス(後半18分、カウンターからの決定機でシュートを外し、逆転のチャンスをふいにした)はシーズン終了後に悔やまれることになるかもしれない」と付け加え、そこはアンチ・リバプールたる真骨頂を見せつけていた。
1-1の引き分けだったが、試合後の両監督の表情は明らかに勝者と敗者に分かれていた。クロップ監督は「後半はシティとの対戦で我々のベストパフォーマンスだった。あんなに苦しんだシティは見たことがなかった」と話して、3連覇中の王者を明らかな劣勢に追い込んだことに自信を漲らせていた。
一方のグアルディオラ監督は、試合終盤のダグアウトで怒り心頭のデ・ブライネをたしなめたシーンについて聞かれ、「次の試合で私が間違っていたことを証明するチャンスがある」と語ったが、エースを潰された試合に苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
この結果、リバプールは前日の試合で暫定首位に立ったアーセナルと勝ち点64で並んだが、得失点差で7点上回るアーセナルが、“暫定”が取れて首位を堅持した。この状況をクロップ監督は笑みを浮かべて、「The most important information is we are right there. We go the distance(最も重要な情報は、我々が優勝争いのど真ん中にいるということ。我々は最後の最後まで戦い抜くだけだ)」と語ると、最後のリバプール・シーズンをとことん楽しむという心境を垣間見せた。
さて、最後に我らの遠藤だが、この地球上最大のクラブサッカーのリーグ戦に先発フル出場したということだけでも偉業だというのに、ここでさらに存在感を見せつけた。
ちなみに筆者が好むBBCの視聴者投票の採点でも、ディアス7.6、ケレハー7.58に続くチーム第3位の7.55をマークした。同点弾となったPKを決めたマック・アリスターの7.42をも上回っていた。
確かに一般のファンの投票なので、人気にも左右されるかもしれないが、それなら遠藤の人気はマック・アリスターをしのぐことになる。
いったい、この日本男児はどこまで上り詰めるのだろう? 現在、欧州5大リーグの中で最も資金力があり、競争が最も苛烈なリーグであり、世界で最もテレビ観戦されるリーグでもあるプレミアリーグで、首位を争うリバプールとマンチェスター・Cの一戦のピッチに先発として立ち、敵将に褒め称えられるプレーをして90分フル出場を果たした。
確かに遅咲きの大輪だ。しかし今、この試合でこの存在感を示したことで、遠藤航が世界でも超一流のNO.6であると証明されたのは間違いないことである。