遠藤航、120分の闘いを左足の痛みと共に戦い抜く:リバプールに不可欠な存在が初の冠を手に
決勝戦での延長戦を完走し、リバプールの栄光に貢献。遠藤航にとって欧州での第一冠の瞬間だった。
ウェンブリーの聖地で開催されたリーグカップ決勝でスターティングメンバーとしてピッチに立ったリバプールの遠藤航は、2月25日(現地時間)、後半に左足に痛みを覚えながらも延長戦を含む120分フルタイムで戦い抜き、チームの優勝に尽力した。熾烈なタイトル争いが続くプレミアリーグにおいて、今季の戦いはまだ終わらない。怪我人が相次ぐ厳しいシーズンのなかで、チームのキープレーヤーとしての活躍は、真に称賛に値するものであった。
歓喜の中心であるべき場所には参加せず、ピッチに仰臥
試合終了時のホイッスルが吹鳴すると、リバプールのGKクィーヴィーン・ケレハーを筆頭にジョー・ゴメスやコーディー・ガクポ、ハーヴェイ・エリオット等、チームの仲間たちが主将であるヴァージル・ファン・ダイクへの祝福で抱擁を交わした。
強靭な肉体を持つオランダ人のディフェンダーは、歓喜に沸く周囲のチームメイトに囲まれると、感極まって涙をぬぐい始めた。
しかしながら、遠藤航はその喜びの輪に加わっていなかった。日本代表のキャプテンである彼は、120分にわたる激しい戦いが終わると、たちまちピッチに倒れ込み、空を仰ぎ見る姿が見受けられた。間もなく立ち上がった彼の顔は一瞬曇り、感動の涙を見せたのだった。
当然、感動家で知られるユルゲン・クロップ監督も両手で顔を覆う姿が見られ、その泣き笑いの顔が隠されていたことでしょう。
信じ難い勝利だった。延長戦に突入すると、隣にいた『Liverpool.com』のジャーナリストに、「近年で延長戦で決着がついた決勝戦はほとんど記憶にない」と漏らした。
南野拓実の最後のシーズンである過去シーズン、リバプールはリーグカップとFAカップの決勝でチェルシーと対峙し、それぞれ延長戦を終えてもスコアレスドローで、最終的にはPK戦で勝者が決まった。
あのシーズン、リバプールは両方のカップ戦でPK戦を制し、国内2冠を達成したのだが、今回の展開はどうだろうか?モハメド・サラーといった主力選手が不在の中、ディオゴ・ ジョッタやダルウィン・ヌニェス、ドミニク・ソボスライ、チアゴ・アルカンタラ、トレント・アレクサンダー=アーノルドなど、信頼できる実戦の戦士たちも怪我のためピッチに 立てず、終盤にはアレクシス・マック・アリスターやガクポもピッチを離れた。
ピッチに残されたのは、普段リーグ戦ではお目にかかれない背番号40以上を背にする18歳のジェイデン・ダンズ、19歳のジェームス・マコーネル、さらに19歳のボビー・クラークという若い選手たちだった。
もしPK戦に持ち込まれたら、クロップ監督はどのような策を練るのか?
そんな不安がよぎる延長戦での、我々の想像を超える顛末が待ち受けていたのである。
激戦を乗り越えた若き才能が、集団の結束を高めた
リバプールが均衡を破ったのは延長戦の終盤、PK戦に至るまでの状況が高まる中で起きた。右コーナーキックから主将ヴァージル・ファン・ダイクが空中戦を制し、ゴールネットを揺らした瞬間だった。
試合後、遠藤は言った。「難しい試合になりましたけど、とにかくみんなで戦った。若い選手を含めて、本当にみんないいプレーを見せたと思います」と。
クロップ監督は「この国には“キッズと一緒にトロフィーは勝ち取れない”ということわざがあるらしいが、それを書き換えたと思う」と言った。
その通りだった。サブで登場したクラーク、マコーネル、ダンズの10代3選手のパフォーマンスには目を見張った。重圧もへったくれもなかった。純粋にボールを追って、走って、争い、相手とぶつかり合い、蹴った。
この3人以外にも20歳のコナー・ブラッドリーがアレクサンダー=アーノルドの代役で先発し、25歳の控えGKケレハーが守護神アリソンの代わりに120分間リバプール・ゴールを守りに守り、疲労困憊したイブラヒマ・コナテの代わりに21歳のジャレル・クアンサーが延長戦の最後の15分間、ファン・ダイクのパートナーを務めた。
そして最後の最後まで、リバプールの恐れ知らずのスーパーなキッズたちが攻めて押し上げてコーナーキックを奪い、延長戦後半13分、118分もの間、難攻不落を思わせたチェルシーのゴールをついに割ったのだ。
「監督となって20年以上のキャリアがあるが、この優勝こそまさに最も特別なものになった。よく『どの勝利を誇らしいと思うか?』と聞かれるが、それは本当にトリッキーな質問で、自分にもよく分からない。もっと頻繁に誇りに思うことができればいいと思う。しかし今回は心から誇りに思える勝利だった。素晴らしすぎて、まさに“ここでいったい何が起こっているのだ!”という、本当に信じられない感覚だよ。今日ここにいた全ての人たちを誇りに思う。無論、我々を後押ししてくれたサポーターたちもだ」
怪我人が続出するなか、主力を欠いてこのような大試合に勝利する。それがどれほど困難なことか。負けてもいい言い訳が全て揃っていた。しかしそんな言い訳を拒絶し、PK戦の心配をするジャーナリストを尻目に、延長戦が終わるギリギリまで、時間なんていくらでもあるさとでもいうように、キッズたちが嬉々としてプレーして、リバプールが栄冠を勝ち取った。
しかし忘れてはならないのは、そんな若く未熟な選手団を強烈なオーラでまとめ、120分間戦い抜いた5人の戦士がいたことである。主将ファン・ダイク、GKケレハー、右と左のFWのエリオットとルイス・ディアス、そして我らの代表主将・遠藤航が、フル出場を果たしていた。
遠藤は左足にプロテクターをはめ、松葉杖をついて現れた
後半に左足を負傷した遠藤は、痛みに耐えながら、その影響を全く感じさせないハイパフォーマンスを最後まで見せた
試合後、選手全員が必ず通らなければならないウェンブリーのミックスゾーンで遠藤を待った。すると、控え室につながる通路の奥の方に松葉杖をついたTシャツ姿の遠藤が見えた。
ちらっと横切っただけなので、確信は持てなかったが、あれは確かに日本代表主将だった。見間違いであってくれ! そう心の中で祈った。その一方で、だから試合終了直後にファン・ダイクを中心としたセレブレーションの輪に加われなかったのか? という考えも頭の中に浮かんだ。そんな思考を巡らせているうちに、揃いのトレーニングウェアに着替えた遠藤が記者団の前に松葉杖をついて現れ、その左足にはしっかりとプロテクターがはめられていた。
とりあえず、「おめでとう」と声をかけたが、すかさず「足は大丈夫?」と聞いていた。
「足、ひねったっす。後半に。まあ大丈夫す」
これが遠藤の第一声だった。
その足で延長戦を戦ったのかと尋ねると、「まあそうですね。痛かったですけどやるしかないと思って。できないことはなかったので」という答えが返ってきた。
本当に驚いた。あの激戦をそんな足で戦い続けたのかと。遠藤のパフォーマンスは足を痛めていることを全く感じさせなかった。
しかしこれからも連戦が続く。しかも今のリバプールは怪我人が続出している。この試合でも中盤のライアン・グラフェンベルフがモイセス・カイセドに足首を踏みつけられ負傷し、前半28分の段階でピッチを降りていた。
いったい、どの程度の怪我なのか?
「大丈夫だと思います。一応スキャンは受けますが。ただ、水曜日の試合(2月28日のFA杯5回戦)はどうでしょうね。メンバーも入れ替えると思いますし。ただ今はとにかくしっかり休みたいと思います」
試合後のこの言葉を聞く限りでは、週末のノッティンガム・フォレストとのアウェー戦には出場できそうだ。ひとまず安心した。
ヨーロッパに来て、クラブ・フットボールで初のトロフィーだった。試合後、喜びが込み上げていたように見えたがと尋ねると、「そうですね。感極まったというか、このチームに来て、タイトルが目標だったし、監督がいなくなるとか、みんながいろいろな思いがあるなかで戦ったと思う。とにかく結果を残したいと思ってやってきて、一つタイトルが獲れた。いいプレーをしていても、結果も求められるチームだと思っていたんで、一つしっかりと結果を残せたというのは自分にとっても大きいと思いました」という言葉が返ってきた。
常勝が求められるリバプールに来て、しかも過去8年半にわたってクラブをまとめ上げ、サポーターにも絶大な人気を誇るクロップ監督が勇退を発表したばかりだった。そんな状況で、56歳ドイツ人指揮官の有終の美を飾るシーズンにするのだと、チーム全員が“まずこのリーグ杯をどんなことをしても勝ち取ろう”と強い気持ちを持っていたことが分かるコメントだった。
自らの力で這い上がり、つかみ取った優勝
9万人近い大観衆で埋まった聖地ウェンブリー。遠藤は素晴らしい舞台で120分間にわたって素晴らしいプレーを披露し、リバプールに今季最初のタイトルをもたらした
この試合の前戦のルートン戦の後、「初めてのウェンブリー、9万人も入るスタジアムでやるのが楽しみ」と語っていたが、実際にピッチに立った印象はどうだったのだろう。
「試合前のセレモニーから盛り上がっていたし、ピッチに入った瞬間の雰囲気といったら、迫力がありました。すごく歴史のあるスタジアムだというのは感じました。まあ最後、優勝セレモニーの間もファンがずっと残って声援を送ってくれた。延長を含めて、素晴らしい雰囲気を作ってくれたと思います」
実際は8万8868人が詰めかけた。ファン・ダイクの劇的な決勝弾で幕を閉じた後は、記者席から見て右側に陣取っていた4万人以上のチェルシー・サポーターがまるで幻だったかのように、あっという間にスタンドから消え去った。
しかしリバプール・サポーターは当然のように全員がそのまま左側のスタンドを赤く染め続け、トロフィー授与式を見守り、クロップ監督とファン・ダイクが一緒にカップを掲げた栄光の瞬間をしっかりと目に焼き付けた。
そして、ゴール裏に一列に勢ぞろいした一軍選手、指導陣とともに『You’ll Never Walk Alone』を歌い上げた。
後半に左足をひねり、そのままフル出場した遠藤もその中にいた。
120分間戦い、優勝もして、さらにこれでチームの一員になれたという意識が生まれたのではないかと聞いた。すると、「チームの一員というのは、前からもちろん思っていたことではあるんですが(笑)」と笑顔で言われた。そうだ。そういう自覚は強い男だった。
しかも、「でも自分がタフに、連戦も含めて、これだけやれるということを証明して、使われ続けていると思う。それに若い選手が多いので、自分は1年目とか関係なしに、経験があるというところも含めると、チームを支えなければならない存在ではあったと思うので。それは後ろのキャプテン、ファン・ダイクとともにできたので、良かったと思います」と続けて、1年目ながらリバプールという強豪チームをリードするんだという心意気まで見せていた。
リーグ杯では今回の決勝での勝利だけではなく、勝ち上がりにも大きく貢献した。
「一時はカップ戦要員と言われましたけど、このチームでカップ戦に出ること自体、簡単なことじゃありません。そこでしっかり出て、メンバーが変わるなかでも結果を残し続けて、優勝したことは本当に大きかったと思います」
この言葉を聞いて、思い出したのが2年前の南野だった。勝ち上がりには大貢献した。しかしリーグ杯もFA杯も決勝では起用されなかった。
あの時はまだサラー、ロベルト・フィルミーノ、サディオ・マネの黄金の3トップが健在だった“不運”もあった南野とは対照的に、今季、中盤の選手が総入れ替えとなったなかで、唯一の真性No.6としてチャンスをつかんだ遠藤は、カップ戦を戦うなかで徐々に頭角を現した。そして昨年12月3日に行われたフラム戦(プレミア第14節)の後半42分に劇的な同点弾を決めて、その1分後にアレクサンダー=アーノルドの逆転ゴールを呼び込むと、リーグ戦のレギュラーの座もつかみ、当然のようにリーグ杯の決勝にも出場した。
しかしそれを南野との比較で“幸運”と言うのは日本代表主将に対して失礼だ。最後のコメントからでも分かるように、遠藤はリーグ戦の先発から外され、若手に混じってカップ戦を戦うなかでも「カップ戦に出ること自体、簡単なことじゃない」という意識を持ち続けて、ここまで這い上がったのだから。
取材を終えて、ロンドン市内に向かう地下鉄の中で、リバプールのスカーフを巻いた中年女性が「オーマイゴッド!」と叫んだ。そして隣にいた夫と見られる男性に「見て、この写真。ワタルが松葉杖をついているわ!」とまくし立てた。
すでにSNSでミックスゾーンでの遠藤の写真が出回っていたのだ。
そこで筆者は思わず、「心配しないでください! 本人が大丈夫と言っていましたから」と声をかけてしまった。
するとそのカップルは狐につままれたように怪訝な表情になったが、声をかけた筆者が遠藤と同国人であることを察するとそれで納得したのか、「良かった!」と安堵の声を上げた。
確かに怪我人が続出して、今のリバプールは野戦病院のようだ。けれどもわずか半年足らずでチームの不可欠なピースとなり、カップ戦を戦い続けたことでキッズたちも牛耳った遠藤が中盤の底にこれからも居座り続ければ、クロップ監督が唐突に勇退を決めた最終シーズンにさらなる大輪の花を咲かせることも可能になる。