緊迫の舞台でエースが光り輝く 大岩ジャパン、一丸となって五輪へ一歩を踏み出す
不測の展開の中、プレッシャーを蹴散らした日本の勇姿
双方の思惑を逸した試合の流れ
予期せぬ転調で、この試合は歴史に残る一戦となった。
AFC U23アジアカップ準々決勝、カタールとの一戦。地元の息吹を受けた開催国に立ち向かう一大戦は、開幕早々、右サイドアタッカー山田楓喜(東京V)が放った見事なミドルレンジショットがネットを揺らし、日本にとっての夢の先制点をもたらす劇的な幕開けとなった。
楽勝ムードが高まるかと思われたその刹那も、前半に入って24分、復活ののろしを上げたカタールのA代表ストライカー、アフメド・アルラウィの一撃によって、試合は振出しに戻された。「少々緊張していたかもしれない」とDF関根大輝(柏)が素直に感想を述べたように、五輪への切符が途絶えるかもしれないという危うさの中での戦いとなった。
実際にカタールの選手達もそれは同じで、主催国としての重圧は明かであり、ウォーミングアップの段階ですでに緊張の色が感じられた。
指揮官イリディオ・ヴァーレ監督の戦術選択も、日本への敬意からくる消極姿勢だったかもしれない。ディフェンスラインを一人増やして5バックで臨む、堅牢な防衛姿勢を前面に押し出した布陣で試合に臨んできた。
これは予期せぬ展開であり、日本チームもスタートリストが発表された瞬間、「今までのラインナップから考えて『5人のディフェンダーはあり得ないかもしれない』と」(大岩監督)、相手が従来のスタイルを改めてまで日本に対抗するかについて懐疑的だった。
「どの国も同様ですが、我々と対戦する際には何かしらの手を打ってくるものです。『このようなこともあるかもしれませんよ』という予測はしておりましたので、センターバックが3人の状況にあたっては特別な指示も出していました」(大岩監督)
ポルトガル人監督の采配は試合開始直後のゴールで崩れ去ったが、日本側も相手の防衛システムの変化によって、戦術面での準備が完全に活きない状況となった。試合のやや異例な展開背景には、まさにこれらの事情が挙げられるだろう。
そして前半38分、FW細谷真大(柏)が相手のゴールキーパーの空中での攻撃をうけた際に、「かなり痛いほどでした」ともじもじ苦しんだその瞬間、VAR審判の結果でレッドカードが出され、カタールが数的不利に追い込まれた。それにより試合の流れはさらに極端な方向へ大きく傾いていったのである。
最も勝負どころの時間帯
重要な得点を決めた木村の優れたヘディング(左)
退場という劇の幕引きが、試合の性質を変える大きなポイントとなった。それまでのカタールは幾分か乱れも見せていたが、ディフェンスの堅固な態勢とカウンターを狙う基本戦術への選手側の統一された気持ちが、10人に減ったことで一層固まっていった。逆に日本チームは選択肢が増えたことからくる余裕をうまくコントロールできずに、少し心理的なゆるみを見せてしまったようだ。
大岩監督はこのタイミングでの展開について、「正確な表現が見つからない」とした上で、「優位を保っていたとは言え、ある程度は慎重さに引っ張られていた」と吐露する。
中断の休憩を終えてピッチに戻ると、イエローカードを受けそこなわれていたMF松木玖生(FC東京)が交代し、FW藤尾翔太(町田)が登場。二列のストライカーとしての陣形を取り、攻略法の見直しに踏み切った。場の強さと高さを兼ね揃えた藤尾を前方へ置いて、サイド攻撃からの得点創出を目論む構想だった。
にも関わらず、事態は想定外の方向に進んだ。「この点だけはしっかりと指導したい」と、口角を落とした表情でコーチ陣が後悔を込めて指摘したのは、後半開始後の場面である。
意気込んでフィールドに出た選手たちは、「進んでシュートを狙う」という方針を固めていたが、実際の前半戦時の積極性とは異なり、相手を観察しつつという慎重なスタンスから、試合を進行し、数の上で優位なはずの我々が、意外なゴールを許す結果となった。後半4分目のフリーキックで、競合わせに敗れ、ゴールを献上したのである。
「負けるかもしれないと思わずにはいられなかった」とDF木村誠二(鳥栖)が回顧するが、そこから示されたのは、見せ場としての強靭さと冷静さだった。
「得点する流れは感じていたので、冷静に頭を使いながらやるべきことに専念しようと口にしていた」と木村自身が、なおお互いに確認し合った後、後半22分には彼のヘディングによる同点ゴールが決まる。コーナーキックからの浮き球を見事に頭でタイミング良く合わせ、試合に再び命を吹き込んだ。
元々は体格に恵まれ、高さを持つ選手であったものの、ヘディングでの得点数は少ないタイプだった。が、年初の負傷からの復帰期間中に実施した視覚系の鍛錬により、「空間把握能力や球路の予測力が向上し、以前よりも確実にボールを追ってジャンプできているといった実感がある。練習から意識してボールへのタッチを増やしていた」とのことで、この成果が功を奏して素晴らしいゴールへ結びついた。
負傷によりチームの一員でいられないかもしれないと落胆していた選手であったが、大岩監督はその状況下で彼を意図的に呼び寄せた。監督の信頼に応える形で、スキルを研ぎ澄まして戻ってきた彼が、今大会でその力の全面を披露して見せたのだった。
決定戦でも、信頼のエースを抜擢する大岩監督
辛抱強い戦術で勝利へと導いた大岩監督
やはり注目すべき人物がもう一人、大岩監督の心に留まっている。
エースストライカー細谷真大。今大会を通して得点に恵まれず、シーズンもここまでJリーグでゴールゼロと苦戦していた。彼はこれまで頼りにされる存在としてチームを支えてきたが、「ファーストゴール」を挙げることができず、心理的な焦りがパフォーマンスの乱れにつながっている状態だった。
国内からの批評も彼には届いていて、通常は自己の弱点を露わにしない彼(関根の言)でさえ、「日韓戦の後にはちょっと様子がおかしかった」と、心配される状況にあったと関根は語る
もちろん大岩監督には、エースを起用しない選択肢も頭にあった。しかし、他のストライカー2人も奮っているわけではなく、彼が出場を続けた。
監督は、「ストライカーはそんなものですよね。待つことの大切さも知っています」と話し、その期待に応える瞬間をじっと見守っていた。
試合中、チームには「慌てるな」と繰り返し呼びかけた。休憩を取った後には「120分かかる戦いだっていいんだから」と選手たちに伝え、同点に追いつくと、焦ってはいけないと選手たちに落ち着かせた。
「1人減っているチームは時間が経つにつれて厳しくなる」と藤田譲瑠チマ(シントトロイデン)は話し、それは彼らが中国戦で理解していた点でもある。実際、カタール側も徐々に疲れを見せ始め、交代が必要な状況に追い込まれていた。
そして、延長前半11分に迫る時、大岩監督は細谷を下げてFW内野航太郎(筑波大学)を投入する決断を下した。その交代の告知が始まったちょうどその時、細谷は「サッカー人生が終わる」とさえ思った。そのほどまでに国際的な舞台での重圧が感じられたのだ。
しかしながら、不思議なサッカー神は細谷にラストチャンスを授ける。そのシーンを演出したのは、出場途中のMF荒木遼太郎(FC東京)だ。
普段から落ち着いた風体を保っている彼も、「緊張とプレッシャーがあった。これほどの緊張は未体験だ」と表すほど、独特のプレッシャーを感じていた。当初は戦いに馴染めずにいたが、時間が進むにつれて本来の手腕を発揮し始めていた。
藤田からのパスを上手く呼び込み、見事なスルーパスを通した。「これぞ自分の真骨頂」という彼のパスを受けたエース細谷は、初のトラップが相手ディフェンダーとの接触を伴う難しいものだったが、見事に扱い、シュートを決める自信があったという。「きっと入る」と右足で放った球は見事にゴールネットを揺らした。
彼に代わり、ピッチに入った内野航の得点により、日本は最終的に4-2で勝利。日本は持ち前の戦術性で試合を終え、「アジア予選」という特有の圧力を乗り越えて、見事に勝利を手に入れた。そして準決勝に向かい、パリオリンピックへの切符を手に、その可能性を大いに広げたのだった。