町田ゼルビアJ1の新風、攻守の戦略で名古屋に迎え撃つ
町田ゼルビア、名古屋を打ち破りJ1リーグ初の勝利
FC町田ゼルビアにとっては容易な相手ではない対戦だった。名古屋グランパスは堅実な守りを誇り、監督の長谷川健太は安全策を好み、守備面に重点を置く。しかし、町田ゼルビアは敵陣へのプレッシング、そしてディフェンスラインの背後をつく速攻で勝利を収めるスタイルを十分に発揮した。
3月2日、J1リーグ第2節で名古屋との対戦は、町田ゼルビアが1-0のスコアで圧勝した。この試合で昇格組の町田ゼルビアがアウェイ戦で、名古屋に対して圧倒的な試合運びを見せた。
プレスを90分間継続
町田の勝利は確かに防御力に起因するが、それだけでチームの真価を述べるには足りない。「堅さ」だけが彼らの武器ではない。通常であればプレッシングのインテンシティは時間とともに減退するものだが、逆にリードを守る終盤では、町田ゼルビアは引かずに前方からのプレッシャーを最後まで維持した。
黒田監督は試合後、戦略について次のように解説した。
「途中で三人のディフェンスラインへの変更も考慮しましたが、守備は堅固でしたので、そのまま押し切ることができました。変にシステムを変えて守備に徹するよりも、攻める余裕を保持してラインを高く保つ方が、積極的な時間を作れると判断しました」
同様に町田の柴戸海も試合を振り返りながら、次のように述べた。
「得点後も引くことなく、積極的に戦いました。初節ガンバ戦では数的不利な状態にも関わらず、最後は引いてはいけないと考え、先の試合から多くを学べました。オ・セフンと藤尾翔太が先頭に立ってプレッシングし、連動して守りを固めることができました」
町田は中盤やディフェンスラインが積極的に前進し、ボールを奪いにいく姿が目立った。これは前からのプレッシングが効果を発揮し、相手チームの選択肢を限定させる状況を生み出していた。
名古屋サイドと2トップを完全封じ
柴戸海は度重なるパスカットなど、積極的なボール奪取を披露
開幕戦ガンバ大阪戦では1-1で引き分けた町田ゼルビアだったが、前半の段階で先制点をあげることができ、内容でも相手を圧倒していた。しかし、後半に入ると退場者が出る不運に見舞われ、守備一辺倒の形となった。
名古屋戦では開幕戦の前半と同じく、試合開始からのスタートダッシュで2トップと攻撃的MFによる守備が効果的だった。その効果は「試合終了まで続いた」ことにある。黒田監督はこの点に触れて次のように語った。
「名古屋は中山(克広)選手であったり山中(亮輔)選手だったり、またはあとから出てきた久保(藤次郎)選手であったり、ドリブルまたはスピードに特徴のある選手がいます。前線も永井(謙佑)選手、(キャスパー・)ユンカー選手と相手の背後を一発で取れる怖い選手がいました。そこに対してスピードに乗らせないこと、スペースを与えないこと、またはアーリークロスも含めて上げさせないことをトレーニングでやっていました。その封じ込めに専念した結果、チャンスを多く作られずに済んだと思います」
単に圧をかける、球際を厳しく寄せるだけではない。チームは「2トップに決定的なパスを出させない」「サイドからのクロスを上げさせない」といった狙いから逆算した、賢い対応ができていた。さらにいうと行き過ぎないためのブレーキもかけていた。
「2トップに『2度追い・3度追い』をさせながらも、ウイングバックのところまで出ていくと後ろのスペースを使われます。できるだけ前で仕事を完結させるようにしていました。3バックへの守備は、サイドハーフが出ていかないようにコントロールしました。何本か前に引っ張り出されて、背後を使われる場面もありましたけども、後半にしっかりと修正してやれたところがすごく良かったと思います」(黒田監督)
ロングスローから波状攻撃
藤尾はゴール前の密集から頭で合わせて得点を決めた
攻撃でも町田は右のバスケス・バイロン、左の平河悠が突破力を活かして相手陣に何度も侵入していた。名古屋のDF陣はよく身体を張って弾いていたが、町田のような「前向きに、いい状態でボールを奪う」状況に至らなかった。町田のコーナーキック、ロングスローにつながる「逃げる守備」が多かった。
町田には両サイドバックのロングスローがある。相手FWはそのたびに自陣に戻され、攻撃のリズムを奪われる。サイズに恵まれた名古屋はしっかり弾けていた。一方で選手をエリア内に集めて対応することを強いられるため、弾いた後のセカンドボールをなかなか確保できなかった。
鈴木準弥はロングスロー、プレスキックが強みで、町田ではセットプレーのキーマンになっている。
「僕たちが(ロングスローを)あれだけ狙っているので、相手も(エリア内の守備に)人数をかけます。だから跳ね返ってきたボールをわりとフリーで拾えます」
町田の対戦相手は、往々にしてロングスローで攻撃のリズムを断ち切られる。ロングスローは一発で凌ぎにくいプレーで、FK、CKも含めたセットプレーの連鎖に陥りやすい。弾き出さず、蹴り出さずにつなごうとすれば、ハイプレスをまともに受けることになる――。名古屋はそんな「黒田剛のジレンマ」にハマっていた。
前半21分の先制点も、そんな形だった。ロングスローの流れから、相手のクリアを右サイドで拾った鈴木はライナー性の浮き球で折り返す。すると194センチのオ・セフンの「影」から飛び込んだ藤尾翔太がヘッドを合わせた。
藤尾は振り返る。
「ファーから、相手の死角から入り込むイメージでした。セフンがいることによってDFはそちらに集中するので、その『後ろ』を常に狙うようにしています」
黒田監督は22歳の若きFWをこう称える。
「(名古屋の)ゴールキーパーは背が大きくて、手足も長いので、できるだけ低いところへのシュートを心がけてやっていました。藤尾が叩きつけるヘディングシュートをきちっと、ポスト脇に決めてくれました」セットプレイ撃破の巧みな戦術
藤尾が得点「以外」でも貢献
ヘディングで決定的なゴールを決める藤尾翔太
町田ゼルビアの攻撃面では、右のバスケス・バイロンと左の平河悠の突破力が光り、名古屋の守備陣を再三突破した。名古屋のDFは果敢に身体を使い防御していたものの、町田のような積極性で僅かなスペースからのボール奪取には至らない守備が目立った。これによって、逃げのポジショニングで町田のコーナーキックやロングスローを誘発する展開が多く見られた。
町田にはサイドバックからのロングスローという武器がある。町田のFWにプレッシャーをかけるたびに、相手は自陣に戻され、攻撃の流れを断ち切られる。サイズの利点を有する名古屋は、クリアリングの仕事をしっかりこなしていた。しかし、それにより選手たちはエリア内に人数をそろえて対応することが必要となり、クリアした後のセカンドボールを獲得することが難しくなっていた。
セットプレイのエキスパートである鈴木準弥は、町田での重要な存在になっている。
「我々のロングスロー戦術に相手も人数を割いてくれています。そのため、跳ね返ってくるボールを比較的自由に拾える状況が多くなっています」
町田を目の前にすると、相手チームはしばしばロングスローによって攻撃を断たれる。単一のセットプレイだけでなく、フリーキックやコーナーキックを含む一連の流れに頓挫することが多い。守備側がクリアしないで接続を試みれば、町田のハイプレスを受けるはめになる。名古屋は、黒田剛監督が仕掛けた戦術パズルにはまり込んでしまった。
前半21分に見られた先制ゴールも、このロングスロー攻撃の流れから生まれた。ロングスロー後のクリアを右サイドで拾い、鈴木準弥が折り返したクロスは、オ・セフンの大きなプレゼンスを利用して飛び出した藤尾翔太が見事にヘディングで合わせたのだった。
藤尾翔太はそう振り返る。
「相手の盲点から、ファーからのアプローチを意識しました。セフンがDFの注意を引き、その裏を取るチャンスをうかがっていました」
22歳の若き才能を持つフォワードについて、黒田監督は次のように話した。
「(名古屋の)ゴールキーパーは長身で手足が長く、低いシュートを狙う必要がありました。藤尾は競り勝つべく力強いヘディングを見せ、見事にゴールポスト際を狙って得点しました」
「2トップを何度も追いかける間に、サイドバックが深くまで追い出されると、守りのバランスを崩すリスクがあります。できるだけ第一線で仕事を完遂するよう心掛けました。サイドハーフが前へと行きすぎないようにコントロールし、時折背後を突かれるシーンがありましたが、後半にはしっかりと修正して対応しました」と黒田監督は評価している。
藤尾が得点「以外」でも貢献
米本拓司の退場も、藤尾の前線守備からだった
その後の決定機はモノにできなかったが、試合の主導権は最後まで町田だった。藤尾は守備面でもこの試合のヒーローにふさわしい活躍を見せている。その上でゴールも決めているのだから、その貢献度は圧倒的と言っていい。
名古屋戦で藤尾が記録した総走行距離は12.037キロで、これは両チーム最長。献身性とクレバーさを兼ね備えた「2度追い・3度追い」で名古屋のビルドアップを機能不全に追い込んでいた。普通なら足が止まるはずの87分には、相手のボールコントロールミスに詰めて奪い、米本拓司の一発退場を誘うプレーも見せた。
町田は第2節を終えて1勝1分けの勝ち点4。G大阪、名古屋から勝ち点を奪うだけでなく、退場者を出した時間帯を除くと、内容で圧倒していたことは特筆に値する。しかもそれはキャプテンの昌子源、エースのエリキ、背番号10のナ・サンホといった主力を欠きつつの結果だ。
黒田監督は言う。
「前回からスタメンも何人か変わりました。退場処分やケガで我々の意図するメンバーを組めない状況もあります。だけどキャンプを通じて町田のコンセプト、ベースをしっかりと叩き込まれてきたメンバーたちです。誰が出ようと落とすわけにはいかないし、穴や足かせにならぬように、代わって入った選手たちも気持ちを高くしてやっていました。選手層のところでも収穫のある試合だったと思います」
町田が見せる旋風の兆し
町田は厚みのある守備で、名古屋に何もさせなかった
浦和レッズに6シーズン所属し、「J1基準」を知る柴戸海も自信を見せる。
「ここ2試合だけでなく、トレーニングを含めて、(J1でも)問題ないというか、やれる確信があります。それだけ選手たちが日頃の練習からひたむきにやっていますし、誰ひとりサボる選手、緩慢な選手がいない。それは町田の良さで、今日のような勝利を呼び込めた要因だと思います。当たり前のことを当たり前にやるところが町田の良さで、現段階で通用している部分です」
町田は「5位以内」を目標としてJ1のファーストシーズンに入った。21世紀にJ1初昇格を果たした11チームのうち、一ケタ順位で初年度を終えたチームは2012年のサガン鳥栖(5位)しかない。しかし町田の戦いを実際に見た人ならば、それが高望みとは思わないだろう。町田は2024年のJ1で旋風を巻き起こす兆しを、開幕からの2試合で既に見せている。