町田の星・平河悠、その才能から「代表クラス」との声高まる
平河悠が描いた第3節・鹿島戦の勝利への一筆
初のJ1昇格チームが無敗でシーズン開幕を飾るのは、19年ぶりの事態となった。FC町田ゼルビアが2勝1分けで好発進、リーグ2位タイの位置につけているのも頷ける成績だ。
開幕戦ではガンバ大阪を相手に力を示した引き分けに。続く第2節の名古屋グランパス戦(1-0)、第3節の鹿島アントラーズ戦(1-0)では、いずれもリーグの雄たるクラブを連破。町田がJ2制覇の勢いをそのままに、J1でも健闘を続けている形だ。
これらの試合で才能を光らせたのが、平河悠である。臆することなくJ1の舞台でプレーする若き才能、23歳の平河は特に9日の鹿島戦で、先制点となる大仕事を成し遂げた。
初のJ1ステージでの輝き、平河悠のゴール
そして町田は序盤から鋭い攻めを見せ、13分には右サイドを揺さぶるプレーでチャンスを創出。バスケス・バイロン、柴戸海が的確なプレッシャーで相手のミスを誘い、その結果として柴戸がルーズボールを鋭く縦に通す。
そこでFW藤尾翔太が技巧を駆使してボールを受け止め、左へと絶妙なラストパスを供給。平河悠は落ち着いて後ろから来たボールをしっかりとトラップし、左足で強烈なシュートを決めてみせた。
これが平河悠にとって、J1の舞台で味わう初ゴールの瞬間だった。彼にパスを送った藤尾翔太は、その場面をこのように振り返る。
「平河悠が既にスピードを乗せて走っているのを見て、パスを出せばあとは彼のトラップからシュートへと進展していく流れが見えていました」
そして平河悠本人も感想を述べる。
「アウトサイドでトラップして前方へボールを進めました。ファーへ流し込むシュートは得意技ですから、その場面では自信を持ってフィニッシュしました。今日のゲームは(シーズンの)ターニングポイントになる可能性があり、そんな試合でチームの勝利に貢献できたのは嬉しいですね」
パリ五輪世代に属する藤尾翔太と平河悠は、町田の新たな力として互いに良い相乗効果を創出している。チームの攻撃哲学として、素早いボール奪取からのカウンターを特徴とする町田においては、初動の「1本目のパス」が速攻の鍵を握る。
彼らの連携による一撃の好事例は、中盤で奪取したボールから藤尾と平河が互いに「1本目のパスが出せる位置」「リンクアップがしやすい場所」へと自然と移動することによる。予測に倣った判断力と絶妙な関係性が、町田の繊細な戦術を体現している。
藤尾翔太はその動きを次のように解説する。
「二人の間の距離感を大切にしています。オ・セフンも同様ですが、ボールを持っていない時から、お互いに目と目で合図を送り合いながら連携を取っています」。
守備での活躍も光る、平河悠の勝負強さ
攻撃の軸を担う平河悠(左)と調和を奏でる藤尾翔太(右)。U-23日本代表の希望の星と評される二人
試合が進む中、平河悠の圧倒的な存在感はそのままに。対峙する右サイドバック、濃野公人を相手に優位に立ち、32分には見事な技術で相手を翻弄しチャンスを演出した。41分には強力な守備でボールを奪取し、オ・セフンに絶好のパスを提供。
2001年同輩の藤尾翔太は平河悠のタレントぶりを賛える。
「攻撃面では1対1の局面では、信頼できるほどに抜け出し、中にボールを入れてくれます」。
平河は三笘薫と似たウイング系のアタッカーだ。スピードに恵まれているだけでなく「左右どちら側からでも抜ける」「左右両足でしっかり蹴れる」ところが平河と三笘の強みだ。中が切られたら縦、縦が切られたら中という「後出し」の仕掛けができるため、そういう相手を潰そうとするなら1人に2枚で対応するしかない。
鹿島戦の前半は左サイドで完全に主導権を取っていた平河だが、後半は右サイドに移った。右MFのバスケス・バイロンが前半途中に負傷し、交代で起用された藤本一輝は左SB安西幸輝に対する対応にやや苦しんでいた。そこに対するテコ入れが、平河の「右遷」だった。
黒田剛監督はこう説明する。
「本人は左サイドを得意としているんですけども、我々の右サイドから侵入される場面が多かった。そこを阻止するためにも、平河の守備力をそっちに持っていきました。藤本は左からのドリブル突破もできるので、そういうふうに左右のバランスを整えた形でした。後半はすごく良かったかなと思います」
平河は後半も72分の決定機など、攻撃面の貢献は続けていた。一方で自陣エリア内でのボール奪取、決定機阻止など守備面の貢献が印象的だった。
仲間が語る守備の貢献度
上下動、左右のスライド、ボール奪取力も平河の強み
平河は短距離のスピードに加えて、スプリントを繰り返す持久力を持っている。Jリーグが公開しているトラッキングデータによると、第1節・G大阪戦で彼が記録したスプリント(時速25キロ以上の走行)の回数はここまで3試合の中でJ1最多となる32回。その後の2試合も1試合20回以上のスプリントを記録している。
サイドハーフはFWとともに試合中に交代することの多いポジションだが、彼は3試合連続でフル出場を果たしている。終盤も足が止まらないのだから、交代させる理由がない。
町田の左SBで、同郷かつ同学年の林幸多郎はいう。
「後ろをよく見ながら、プレスをかけてくれるし、1枚剥がされても2度追い3度追いをやってくれる。だから後ろとしてはすごく助かります」
右SBの鈴木準弥はこう評する。
「(平河)悠はポジショニングどうこうでなく、スピードがとにかく速い。普通の選手なら2度追いできないところで2度追いしてくれたりします。特にピッチが乾いてきたとき、ちょっと止まるようなボールが来ると、悠は本当に全力で行く。そこは本当に後ろにいて助かるし、逆に俺が相手のSBだったら本当に嫌ですね」
平河は上下動を90分サボらず、必要ならば自陣のエリア内まで付いていく。先に動き出されても、後から追いかけて追いついてしまう。若い頃の長友佑都を見ているような馬力と「ねちっこさ」がある彼の守備は、サイドハーフではJ1の最高水準だろう。
平河は攻撃なら三笘、守備では長友のようにプレーができる――。個でサイドを打開できて、攻守にハードワークができる彼の存在は、黒田監督のスタイルを実現する上で一つの決め手になっている。
パリ五輪、代表への道も
鹿島のポポヴィッチ監督は険しい表情を浮かべつつも、かつての教え子を称えていた
平河は大卒2年目に相当する「2000年世代」だが、早生まれ(2001年1月3日生まれ)のためパリ五輪に向けたU-23日本代表に入る資格がある。平河と藤尾は過去にも同代表の合宿と遠征に参加している。五輪最終予選に相当する「AFC U23アジアカップ カタール2024」(4月15日〜5月3日)でも、期待される存在だ。
今季の活躍を見ると「もう一つ上」の可能性もありそうだ。鹿島のランコ・ポポヴィッチ監督は2022年まで町田の監督を務めていて、当時はまだ大学生だった平河を抜擢した指揮官だ。
「私が率いていた当時のFC町田ゼルビアにとっても、彼は非常に大きな存在でした。彼が大宮戦のあと(大学に戻って)町田の試合に出られなくなってから、我々も結果を出すことができなかった事実もあります。今日、彼に決められたことはチームとして監督として残念ですけれど、彼は近い将来に日本代表へ入っていく選手だと思っています」
2022年の町田は開幕から7試合連続で大学生の平河を起用し、3月30日の大宮戦を終えて2位につけていた。しかし最終的には15位でシーズンを終えている。もちろん平河の離脱「だけ」が理由ではないが、その不在はチーム崩壊の大きな理由だった。
23年の彼は既にJ2で図抜けたレベルに達していて、記録を見ても35試合の出場で6得点を挙げていた。カテゴリーを上げた24年も、昨季と変わらずチームの違いを作る存在となっている。
平河にJ1で3試合を経験した手応えについて尋ねると、このような答えが帰ってきた。
「自分は攻撃の特徴がある分、そこは今のところ壁をそこまで感じていません。ただやはりクオリティー、相手の頭の良さは確実にJ2の遥かに上なので、そのギャップをなるべく埋めていきたいなと思っています」
今の平河は攻守とも個人能力でやれてしまう部分がある。クロスの精度、シュートも決して悪くはない。一方で駆け引き、最終局面の質は経験を積むことでさらに上げられる部分だ。いずれにせよ、そのポテンシャルは大きく、遠からずU-23よりひとつ上の代表に招集される可能性もあるだろう。
「無名」からのブレーク
サイドハーフとして、間違いなく平河悠はJ1でも有数のレベルにある
高校、大学時代の平河を知っているファンがいたならば、それはかなりの「マニア」だ。平河は佐賀の強豪・佐賀東高の出身で、高2の冬には全国高校サッカー選手権にエントリーされている。しかし背番号15を背負った彼は、1回戦も2回戦もベンチに座ったまま、全国のピッチに立っていない。
進学した山梨学院大は東京都1部リーグ(※当時は関東1部から数えて3部相当)だった。平河が大学3年だった2021年の夏に、山梨学院は全国大会の予選で関東1部を連破する快進撃を見せる。それを見た町田は「翌々年」の加入に向けて素早くオファーを提示し、獲得にこぎつけた。
平河は大学4年次に都リーグ優勝、関東2部昇格に大きく貢献。大学にしっかりと恩返しをしてから「完全なプロ入り」を果たした。
山梨学院の岩渕弘幹監督は、当時の彼をこう評している。
「無名な選手だったけどサッカーに取り組む姿勢や、サッカーが好きだという気持ちで、ここまで力をつけた選手。ビックリするくらいの成長力を持っているので、まだまだ伸びると思う。一番期待しています」
平河の「成長力」はまだしばらく尽きる様子がない。2021年、22年と大学の都リーグでプレーしていた俊足アタッカーは、今や日本代表入りを期待される存在だ。2022年のJ2を15位で終えた町田も、J1の首位争いを繰り広げている。平河のキャリアはクラブとともに、強烈な上昇曲線を描こうとしている。