.600に迫る打率にOPSは驚異の1.667 大谷翔平の覚醒をサポートしたドライブライン・ベースボールの「ビッグ3」とは?
3月6日のホワイトソックス戦で内野安打を放つ大谷翔平
大谷が昨年つかんだ“いい感じ”の正体
ドジャースは3月6日の試合を終え、20日に韓国で行われる開幕シリーズまでの残り試合が、あと7試合となった。
大谷翔平はここまで5試合に出場し、12打数7安打、6打点、4得点、打率.583、OPS1.667。もちろん、まだサンプルが少ないので、この数字だけで好不調を評価できないが、キャンプ初日にこんな話をしていた。
「バッティングは去年、かなりいい感じをつかめていた。基本的には、それを継続していくところと、微妙に変えるところかなと思うので、いまのところは大きく変えてないですし、必要なところで、調整しながらキャンプ中に直していけたらと思います」
大谷はこれまで、打撃については、「一番は構え」と話してきた。
「構えがしっかりした方向で力が伝わっていないと、いい(スイング)軌道に入っていかないですし、同じように振っていても、最初の構えの時点で間違った方向に進んでいると、いい動きをしてもいい結果につながらないものかなと思うので」
意識しているのは常にそこかと問うと、「8割5分くらい構えで決まっているくらいの感じ。ピッチングもそうですけど、やっぱりどういうイメージで打席に立っているかが、一番大事」と強調した。
では、昨年つかんだ“いい感じ”というのは、その構え同様、新しく打撃の軸になるようなものか?
「何をすればいいか、いい状態を維持しやすいのかとか、そういう調整も含めて、『なんでこうなってるのか』っていうのを理解すれば、その好調を維持したりとか、不調を早く脱したりというのがしやすいと思うので、そこは去年、良かったところ」
その感覚が継続できているなら、いまの状態も必然か。さすがに打率5割を維持することは出来ないとしても。
MVP受賞会見で吐露した大谷の思い
エンゼルスに所属していた2021年、初のMVPを受賞した大谷(写真は46本目の本塁打を放ったときのもの)
そんな大谷だが、コロナ禍の2020年には、どん底を味わった。あの年、大谷は打者として44試合に出場すると、153打数29安打、7本塁打、打率.190、出塁率.291、OPS.657と散々だった。
トミー・ジョン手術(側副靭帯再建術)からの復帰となった投手としても、2試合に先発し、0勝1敗、防御率37.80。右前腕を痛めて途中離脱し、どちらかに絞るべきでは? との声も上がり始めた。
よって、迎えた21年は二刀流の存続がかかっていた。その年から、投打同時出場も含め、登板前後は試合を休むという制限が撤廃され、それは大谷に対する期待——との捉え方が多かったが、大谷本人はむしろ追い込まれていたのである。
その年の11月、MVPの受賞会見でこう思いを吐露した。
「プラスの部分ももちろん、ポジティブな部分ももちろん、あるとは思います。そこに対して自分で頑張りたいなという気持ちが出てきたのもあるんですけど……」
どこか歯切れが悪く、続いた言葉こそが、本当の意味だった。
「どちらかというと、なんて言うんですかね、『ある程度形にならなかったら、この先考える必要があるんじゃないかな』っていうニュアンスもあったので、それ(頑張ろうというポジティブな気持ちと危機感)が五分五分かなっていう感じですかね」
その後、3年連続で結果を残したことで懐疑的な声が消えたわけだが、その覚醒をサポートしたのが、20年のオフに訪れたドライブライン・ベースボール(以下、ドライブライン)だった。
発祥はシアトル郊外のケントという街だが、アリゾナ州にもあり、ロックアウトで開幕が遅れた22年春、大谷はケントでキャンプ前のトレーニングを行ったあと、キャンプ施設が閉鎖されたままだったため、アリゾナ州のドライブラインで開幕に備えている。テンピからスコッツデールへと当時とは場所を変えたドライブラインは昨年末、施設内に新たなラボを増設したというので、5日午後、そこを訪れた。
ケントの施設と比べると大きさは5分の1ほどか。しかし、メインのビルには室内ケージ/マウンドが2つあり、ウエイトトレーニングスペースもある。もう一つのビルには、新しくモーションキャプチャを備えたラボが作られ、訪れたときにはちょうど、アマチュア選手のアセスメント(動作解析、データ測定)が行われていた。
このラボこそがドライブラインの心臓部で、同施設を訪れる選手はまず、ラボでアセスメントを行い、その解析結果を元にトレーニングメニューが組まれる。そして、6週間後に再度、同様のアセスメントを行い、進捗を確認するというのが一般的な流れ。
ラボそのものはまだ完成しておらず、今後、マーカーレスのモーションキャプチャシステムが設置される見込みだという。
ドライブライン打者指導の「ビッグ3」
大谷がドライブラインで行ったことは、大谷自身も明かすことには消極的。ドライブラインは、大谷側の許可がなければ、話せない。
よって詳細は不明だが、投手としては、動作解析結果を元にメカニックを修正し、それぞれの球種の質を高めるピッチデザインを行ったことは、他の投手の例からも容易に推測できる。大谷本人がその過程でデータをベースとしたアプローチを受け入れたことは、ビル・ヘイゼルというドライブラインのピッチングコーディネーターの獲得をエンゼルスに促したことでも分かる。
ドライブラインにおいて打者に対する指導として有名なのは、①バットスピード、②スマッシュファクター(※1)、③スイングディシジョン(※2)という3要素。彼らはそれを「ビッグ3」 と呼ぶ。
※1スマッシュファクター:元々はゴルフの用語で、100マイルのヘッドスピードでボールの初速が150マイルならば、スマッシュファクターは1.50となります。野球においては、球速も計算式に含まれ、数値が大きければ大きいほど、スイングスピードが打球に効率的に伝わっていることを示します。
【計算式】スマッシュファクター=1+(打球初速-バットスピード) / (球速+バットスピード)
※2スイングディシジョン:2ストライクまでは、スイングスピードや打球初速が出やすいコースを狙います。苦手なコースを克服することで、長所が失われる可能性があるため、あえて追求しないことがあります。
スイングディシジョンの解釈はやや難解ですが、大谷は昨年、他の選手よりも打球の平均初速が遅く、長打も少なかった外角高めを克服しました。一方で、内角低めなど、もともと得意なコースでも従来通りのデータを維持しており、ドライブラインの指導方針を超えています。
ビッグ3という指導方針は、大谷の成功により他の選手にも浸透しましたが、これにはまだ進化の余地がありそうです。
6日のホワイトソックス戦での大谷の活躍
さて、6日の試合では大谷が初回に二塁内野安打を放ち、その後、フレディ・フリーマンがレフトへの犠牲フライを打ち、大谷は二塁へタッチアップしました。二回にはタイムリーヒットの後、二盗にも成功しました。
試合後、フリーマンが次のように述べました。
「今日、(大谷のプレーで)一番印象的だったのは、一塁からのタッチアップでした。目立たないプレーかもしれませんが、素晴らしいプレーでした。シーズンが進行するにつれ、このようなプレーが勝利に繋がる可能性があります」
大谷は打撃だけでなく、スピードだけでもなく、細かなプレーによってもチームメートの信頼を勝ち取っています。