津村明秀騎手、涙のGI初制覇―14番人気テンハッピーローズが春女王戴冠
第19回ヴィクトリアマイルでは不意の勝者、テンハッピーローズが栄光に輝いた
春の女王のタイトルを争う第19回ヴィクトリアマイルが5月12日に東京競馬場で繰り広げられ、津村明秀騎手が手綱を取る14番人気のテンハッピーローズ(牝6=栗東・高柳大厩舎、父エピファネイア)が見事勝利を収めた。中団やや後ろからのレース展開を経て、最終直線ではぐんと加速し、悲願のGI初勝利をつかんだ。持ち前の適性を活かした素晴らしい走りで、良馬場の中、勝ちタイム1分31秒8を記録した。
テンハッピーローズはこの勝利で通算24戦6勝目を挙げるとともに、ついに重賞初勝利の瞬間を迎えた。騎乗した津村騎手にとってはJRAでのデビューから21年が経ち、GI挑戦はこれが48回目で、待望の初勝利となった。また、担当する高柳大輔調教師にとっても、ヴィクトリアマイル初の勝利の快挙であった。
2着には1馬身1/4差でクリストフ・ルメール騎手騎乗の4番人気フィアスプライド(牝6=美浦・国枝厩舎)が入り、さらにクビの差でジョアン・モレイラ騎手騎乗の1番人気マスクトディーヴァ(牝4=栗東・辻野厩舎)が3着に。一方で、多くの関心を集めていた武豊騎手騎乗の2番人気ナミュール(牝5=栗東・高野厩舎)は直線で伸びを見せず、8着でゴールした。
津村騎手:「苦労は自分が足りなかったから」
登壇した津村騎手、初のGIタイトルにスタンドからは歓喜の声援
最も注目されていたのは、他でもないマスクトディーヴァやナミュールではなく、まさかの208倍の単勝オッズ、14番人気のダークホース、テンハッピーローズだった。超長距離が期待される中、ファンの前で津村騎手は右手を振り上げ、初GI勝利の瞬間を喜んでいた。彼とテンハッピーローズの勝利は、ファンにとって感動の一騎乗となり、スタンドはこのサプライズに歓声と拍手を送った。
「信じられませんでした。直線はとても長く感じましたし、ただ必死に追い求めていました」
津村騎手が涙を抑えつつ、感動的なGI初勝利の瞬間を語った。自身の世代で川田将雅騎手や藤岡佑介騎手、吉田隼人騎手といったトップジョッキーたちが大きなレースのタイトルを手に入れている中、津村騎手も安定した成績を維持しつつ、2010年以降は毎年重賞レースでの勝利も果たしていたが、GIでの勝利はいつも手の届くところで逃していた。
「最も残念だったのはジャパンカップですね」
2019年にカレンブーケドールと共に3/4馬身差の2着で終えたジャパンカップを彼は振り返る。特にこの馬とはオークス、秋華賞を含むGIで3度2着という結果に終わっていた。
「長い道のりでした。時には(GIでの勝利は)もう叶わないのではないかとも思いました。しかし、あきらめずに毎年戦い続けるつもりでした。どうしてももう一度GIで騎乗したくて、小さなレースからコツコツと力をつけてきました」
彼を「苦労人」と呼ぶことは簡単だが、そう自認する津村騎手ではない。彼は自身がこれまで遭遇した挑戦を、単なる自分自身の不足とみなし、そうした21年間を振り返っている。
三年育てた馬と距離のマスタリング
「長期に渡り競馬と距離をマスタリングした」と語る高柳大輔調教師、辛抱強い取り組みが報われる
そう語る高柳大輔調教師が、津村騎手に待ち望んだ大勝をもたらしたのは、エピファネイア産駒で6歳のメス馬のテンハッピーローズ。2歳時に東京のマイルコースでソダシに次ぐ3着となる実績を持ち、注目されていたが、3歳を過ぎてからは重賞圏内入賞の軌跡を辿れずにいた。これまで1年以上重賞レースで目立たなかったため、低評価はやむを得ない状況だったが、高柳大調教師は馬のコンディションに満足していた。
「もちろん人気はなかったけれど、トレセンで取材を受けた時は『絶好の調子で出走できる、注意してもらいたい』と話していました。」
これまでのキャリアで1400mを4回、1200mを1回勝利しているが、マイル勝利実績がないテンハッピーローズにとって、距離への不安もあっただろう。しかし、高柳大調教師は、細やかに計画された戦略を基に、今回の春のマイル女王決定戦へ挑む準備が整っていたと明かす。
「牝馬のGIとして1600mのヴィクトリアマイルしか目標にできないので、時間をかけて進めてきました。この期間に馬に競馬を教え、距離感もしっかりと体得させることができ、今回の結果に繋がったと考えています。」
トレーナーの話によると、テンハッピーローズをステップアップさせてきた旅は、2021年6月の1勝クラスで初めて1400mを走らせた時に始まった。その後も三年間、根気強く育て上げた努力が今回の勝利に結実したのである。地道な愛情の注ぎ方が、テンハッピーローズを大きな舞台で輝かせることに成功したのだ。
4コーナーで感じた勝利の予感
レース中盤に位置取りを最適化した津村騎手は「4コーナーではもう手応え十分」と語り、その後の急加速でゴールラインを駆け抜ける
津村騎手は、昨年6月からこの馬とコンビを組み、その進歩を実感していた。特に直近の2走で、マイルの阪神牝馬ステークスと1400mの京都牝馬ステークスから、「マイル戦でも大丈夫だ」と確信を持っていた。
そして実際のレースでは万全の状態で臨むことができた。
「彼女の脚は信頼できるものでしたから、序盤はリズムよく進めようと考えていました。人気馬たちが目の前にいても、無理のない位置を確保できたことですばらしい流れを作ることができたんです」
コンクシェルがハナを奪い、フィールシンパシーがそれに続くなど、序盤からペースが速くなり、600mが33秒8で過ぎ、800mが45秒4で進行した。その中でテンハッピーローズは中団からやや後ろを進み、最終コーナーに向かう前にはちょうどマスクトディーヴァの背後に位置どりをしてリードを縮めていく。
「実際に4コーナーでは、先頭を捉える手応えを確かに掴んでいました。そこで全力を振り絞って追っていきました。」
「家族を想い、力走するのが私の動力源」
忘れがたいレースの一幕、感動と興奮が記憶に焼き付く
先頭を走るフィアスプライドを制圧してスパートをかけるテンハッピーローズ、その背中には戦いの意志を込めた津村騎手の姿があった。対抗馬であるマスクトディーヴァやナミュールが力強く伸びることができずにいるなか、テンハッピーローズは津村騎手の手綱に応えて力強い伸びを見せた。残り100mでは雄弁なリードを誇示し、堂々たる態度でゴールラインを越えた。
「先頭に立ってからは『誰も追いつかないで』と念じながら追走しました。長年にわたってGIのトロフィーを手にしたいと願い、ことに広大な東京競馬場での勝利は、まさに夢のような瞬間でした」
ゴールを切り勝利が確定した際、津村騎手の心に浮かんでいたのは、何と言っても家族―妻と2人の息子たちの顔だろうか。
「どんなに厳しい状況でも、家族のために立派なレースを披露したいと言う一心でやってきました。家族のサポートがなによりも私の背中を押してきた。彼らのために全力を尽くすのが、私にとっては人生の喜びなのです。確かに今夜は、家に帰れば盛大なお祝いが待っています(笑)」
地道な成長を遂げた馬と、その実力を信じる騎手。力と想いが一致した瞬間に舞い降りた感動のフィナーレは、2024年のヴィクトリアマイルを象徴している。歴史に残るゴールドラインでの勝利、GI最高額配当史上4位の記録、馬単配当の30万3260円が歴史の2番目の金額となり、記録とともに記憶にも未来永劫刻まれた春のマイル女王決定戦であることは疑いようもない。