佐々木麟太郎の進学で注目される米大学野球 「選手の父」でもあるピッチングニンジャが明かすレベルと仕組み
佐々木麟太郎は2月14日にスタンフォード大進学を発表している。
メジャーリーグ投手のオーバーレイで知られるピッチングニンジャ。実は、アマチュアの野球界でも知られた存在だ。元々は、少年野球で息子が投手を始めたことから、メカニック、変化球などに興味を持ち始めた。独学で得た知識をもとに指導すると、息子は奨学金を得て、地元のジョージア工科大野球部に投手として進学するほどに成長した。
ピッチングニンジャが米球界で知られた存在になると、彼がアップする高校生、大学生の動画も幅広く拡散。それがきっかけでドラフトされた投手もいて、彼のもとには日々、『自分の動画もリツィートしてくれないか』という要望が殺到するようになった。それに対してピッチングニンジャは、学校の成績を一つの基準として、応じているそう。
今回、大学野球事情にも詳しい彼に、スタンフォード大へ進学する佐々木麟太郎が目の当たりにする米大学野球とはどんなところなのかを伺った。
「ディビジョン」「カンファレンス」でレベルに差
まずは、基本的なことから教えてもらったが、米大学野球の日程は、「2月の半ばから」とピッチングニンジャ。「ディビジョンによって多少変わるけど、ディビジョン1に属する学校は、同じタイミングで開幕する」。ちなみにディビジョン1は、略して「D1」と呼ばれる。ディビジョンとは大学の規模のことで、1がもっとも大きく、3まである。生徒数、運動部の数、奨学金の数などによってそれは決まる。
当然、スポーツをやっている高校生アスリートはまず、D1の学校を目指す。プロを目指すのであれば、やはりD1の学校でなければ、スカウトの目にとまる機会が少ない。D1の大学から奨学金を得られなければコミュニティ・カレッジへ進学し、そこで実績を残して転校する手段もある。最速105.5マイルを投げるエンゼルスのベン・ジョイス(ウォルターズ州立コミュニティ・カレッジ→テネシー大)などはそのルートだ。
日程に話を戻すと、基本的には金、土、日曜日に同じカンファレンスのチームと3連戦を行うのが通例だ。平日には他カンファレンスとの試合やミニトーナメントが行われることもある。また、シーズン序盤は、東海岸、中西部では寒くて試合ができないので、暖かいところへ遠征することもある。例えば、2月半ば、大谷翔平(ドジャース)がキャンプを行っているキャメルバックランチでは、ミシガン大とウェスタン・ミシガン大が戦っていた。
「エースは金曜日に登板するという不文律がある」とピッチングニンジャ。
これは、プレイオフなどと同様、シリーズの初戦をエースで取りたいという思惑による。先発の序列もそこで決まる。例えば、UCLA時代、ゲリット・コール(ヤンキース)とトレバー・バウアー(FA)はチームメートだったが、コールが1年の時から金曜日の先発を務めていた。
「明確な答えは分からないけど、それがアメリカの大学野球では伝統的な投手の起用法なんだ」
レギュラーシーズンはその後、5月半ばまで続き、カンファレンスのトーナメントを経て順位が確定すると、それによって6月に始まるカレッジ・ワールドシリーズの出場可否が決まる。
「カンファレンスの成績や日程の強弱なども考慮され、他のカレッジスポーツと同じように選出委員会が決める」
カンファレンスは、所属チームによってレベルに差がある。例えば、ヴァンダービルト大、LSU(ルイジアナ州立大)などが属するSEC(サウスイースタン・カンファレンス)、ノースカロライナ大、デューク大、ウェイク・フォレスト大、スタンフォード大(2024年8月2日付で編入)が属するACC(アトランティック・コースト・カンファレンス)などが知られるが、「その中でもSECはやはり、この何年かチャンピオンを輩出している」とピッチングニンジャ。
確かに、2019年はヴァンダービルト大、20年は新型コロナウイルス感染拡大のため休止だったが、21年はミシシッピ州立大、22年はミシシッピ大、23年はLSUがカレッジ・ワールドシリーズを制しており、過去4回はいずれもSECから優勝チームが出ている。
その理由について、ピッチングニンジャはこう説明する。
「ここでは(ピッチングニンジャが住むアトランタ)少年野球が本当に盛んなんだ。東海岸の中でも一番活気がある地域だと思う。SECはこのあたりのカンファレンスだし、ここで育った子どもたちがSECの大学に行くから、レベルも高くなる。 天候もいいから本当に野球が盛んなんだ」
1年中野球ができる温暖な気候。それが一つの大きな要因のようだ。
「オフ」に即席チームで戦うサマーリーグ
カレッジ・ワールドシリーズが終わると、大学は夏休み。部活もオフだが、この時期は、様々な地域でサマーリーグが開催され、それぞれのリーグに属するチームから招待された選手は、地方都市でひと夏を過ごす。
「色んな大学の選手が集まり、チームを作って対戦する」とピッチングニンジャ。
普段はライバルでも、夏だけは他校の選手と同じチームでプレーする。そこにはスカウトも姿を見せるので、大学のプロスペクトも参加する。普段は無名校でプレーし、スカウトに力を見せる機会を持たない選手にとっては、サマーリーグのどのチームでプレーするかが、その先を左右しうる。
「無名大学でプレーする選手らとプロスペクトが、一緒にプレーするんだ。そうするとレギュラーシーズンでは目にとまらなくても、サマーリーグにはスカウトもいるので、その前でプレーする機会を得る。そこで活躍することで、無名校の選手でもドラフトされるチャンスが生まれる。だからサマーリーグは意味を持つ」
さて、佐々木はそのサマーリーグでデビューする可能性を探っているようだ。
入学は9月。次のシーズンが始まるのは来年2月。あまりにも実戦から離れてしまう。入学すれば練習はできても、実戦機会が限られる。それであれば、サマーリーグに参加して、まずは水に慣れる、ということも選択肢というわけだ。
ピッチングニンジャもその可能性を示唆するが、仮に大学の施設でも「十分な練習はできる」と話す。
「彼はサマーリーグにも出られると思うが、大学の施設も素晴らしいから、チームメートと実戦的な練習もできるのではないか。もちろんそれは本当の実戦には及ばないけど、いきなり試合でデビューするより、学校生活に慣れていくことも必要だから、焦る必要はない」
大学野球の名門校であれば、マイナーリーグよりも、練習設備、環境が整っている。食生活も充実している。粗末な食事、過酷な移動などを強いられるマイナーよりも、野球に集中できる――授業には、出なければいけないが。
また、大学は、コーチのレベルも高く、給料も高いため、いい人材が集まる。2019年からツインズの投手コーチを努めていたウェス・ジョンソンは、なんと22年のシーズン途中にLSUの投手コーチに転任。今年からジョージア大の監督に就任した。大学からメジャーへ引き抜かれるケース、またその逆もあるのだ。
もちろん、佐々木は、それなりに最初は適応に苦労するだろう。ピッチングニンジャもこう指摘する。
「真っすぐの速さは体験したことがないレベルだと思う。確かにそこは大きな違いだと思う」
トップの投手は、メジャーでも通用するレベルだ。
「プロの世界と比較するなら、(大学野球は)2Aぐらいのレベルだと思う。中にはすでにメジャーのレベルの選手もいる。(昨年のドラフトで1位指名された)ポール・スキーンズはドラフトされた後、すぐに昇格しても通用したと思う。それぐらい完成された投手だった」
ただ、それも佐々木にとっては成長するためのステップ。
「彼のスイングを見る限り、アジャストできると思っている。パワーはあるのだから始動のタイミング次第じゃないかな。彼もこれまで日本の高校野球という高いレベルで戦っていたのだからやがて慣れるし、彼がさらに成長するにはいいチャンスではないかと思う」
ちなみに、大学の二刀流選手はまだ数は少ないようです。しかし、現在、フロリダ大学にはジャック・カグリオンという選手がいるそうです。
「カグリオンは、全米でかなり有名で、その飛距離は印象的ですし、速球も投げられます。もし制球力がもう少し向上すれば、彼は投手として成功するでしょう。しかし、彼は打者としても魅力的で、圧倒的なパワーがあります。制球力が向上すれば、プロでも彼を二刀流として活躍させたいと思う選手です」
彼がドラフトされた時、チームはどのような判断をするのでしょうか。また、先ほど名前が出たスキーンズについても話題です。彼はパイレーツに指名された逸材ですが、入学時には捕手としても活躍し、2022年には優れた大学の二刀流選手に送られるジョン・オルルド賞を受賞しています。
一般的に、どちらかに専念するケースが多いですが、ジャイアンツは過去2年間、ドラフト1位で二刀流選手を指名し、彼らを二刀流選手として育成する方針を採っています。
大学野球選手も「稼ぐ」ことができる?
最後に、日本との違いに触れてみましょう。
実は、2019年9月から、カレッジ・アスリートもプロ選手のようにスポンサーと契約して収入を得ることが可能になりました。これは「NAME, IMAGE, LIKENESS」の略でNIL法と呼ばれています。
大学は、テレビ放映権料などから莫大な利益を得るようになりました。一方で、アスリートへの恩恵は少なく、彼らは不満を漏らしてきました。しかし、カリフォルニア州では、「カレッジアスリートが、自分の氏名、画像、肖像を利用して収益を得ることを禁じてはならない」という法律が成立しました。その後、20以上の州が同様の動きを見せ、NCAA(全米大学体育協会)は、創設以来の「アマチュアリズム」という基本方針を変更せざるを得なくなりました。
これにより、100万ドル以上の契約を結ぶアスリートも登場し、ピッチングニンジャは「大学野球においてはそれほど多額の収入を得ることは難しいかもしれませんが、フットボールやバスケットボールは別格です」と説明しています。
「アスリートとして、ただそれだけの理由でそれを禁止するのは不合理です。大学は彼らを通じて収益を上げているのに、それを禁じるのは理解しがたいことです。しかし、今や彼らは自分の名前などを使ってスポンサーから報酬を受け取ることができるようになりました。本来、このような制度はもっと早くから認められるべきだったでしょう」
なお、佐々木もこの制度の恩恵を受けられる可能性があります。
「学生ビザでは、収入を得ることが難しいのではないか?」という報道もありますが、専門の弁護士によると、「もちろん、アメリカ人のアスリートと比べればやや複雑な面もありますが、そのような心配は不要です」と答えました。
「留学生であっても、その資格は存在します」
ピッチングニンジャもこう予測します。
「佐々木がアメリカに来た場合、同様に収入を得ることができるでしょう。彼の場合、日本市場を独占することができます。おそらく、彼は多くの機会を手に入れるでしょう」
さて、次回では、実際に大学野球を経験した選手にインタビューします。